「苦いお茶」(木山捷平)

ソ連が日本に開戦してから三日目の朝、正介は、南新京トキワホテルの一室で、未明に目をさました。(略)昨日、城内に行って一つしかない蝙蝠傘を銭にかえ、顔見知りの雑貨屋義順成で茶碗酒をあおり、水筒に一杯つめて来た高粱酒がまだ残っているのを彼は思い出した。(略)市街の中心地へ出た。(略)彼は何より情報が知りたかった。新聞には国境線でしきりに日本軍が敵を撃退しているように書いてあったが、そんな記事が今更信用できたものではなかった。(『白兎』より)

「今日は、木山捷平の『苦いお茶』だよ!」
「なんか、あんまり聞かない名前だねえ」
「うーん、一時期、完全に忘れられた作家になっていたからね…でも、このところ、講談社文芸文庫なんかで復刊が相次ぎ、再評価もされている作家なんだよ!」
「ふーん。何してた人なの?」
「最初は詩人として出発して、故郷の田舎の人たちのことを小説にした作品なんかを発表していた、ごくありふれた抒情的な作風の人だったんだけど、太平洋戦争の末期に、ものすごい体験をした人なんだよね。

彼は、日本の敗戦が素人目にも明らかになってきていた昭和十九年十二月に就職のためわざわざ満州の新京に出かけて行った。しかもその地で敗戦の三日前に召集を受け、やけくそとも馬鹿馬鹿しいとも言える軍事教練をさせられ、八月十九日に召集解除となったあとはソ連軍に捕虜として拉致される恐れ、飢え、酷寒にさらされながら、長春(新京)における戦後の一年間を最底辺の生活のなかで生きのびた。(岩坂恵子『解説』より)

「ふーん。苦労した人なんだねえ」
「あたしが木山捷平を最初に読んだのは、『長春五馬路』という長編なんだけどね…。極貧のなかでも、現地の商売人とつつしまやかな、でも、ある意味生活力あふれる、ちまちました商売をやりながら、そして、引揚者の人々と不安な生活を送りながらも生き抜いていく、まさに『おじいさん版・ハードボイルド』とでもいうべき作品だったよ」
「へえ。どうしてそっちは取り上げなかったの?」
「うん。まあ、事の顛末を最初から知りたいという人には、これよりもその前編である『大陸の細道』から読んだ方がいいなあと思ったのと、『長春五馬路』は、今の目からすると、ちょっといきすぎたエロチックな場面があってね…まあ、長いってこともあるし、それより、短編でしっかりまとまってる『苦いお茶』のほうがいいかな、と思ったの」
「へえ」
「木山捷平って人は、ちょっと俗っぽいエロチックな場面をちょいちょい取り入れる癖があってね…。何の短編だったかなあ。自分のキンタマを、かがんだとき下駄に乗せると、ひんやりして気持ちいい、とかそんな描写をいれたりする人なの」
「ふーん、老いても性欲まんまんってタイプ?」
「まあね、色気は最後まで持ち続けた人だよね」
「それで、この『苦いお茶』って、どういう話なの?冒頭に引いた文章は、なんか、別の作品からの引用みたいだけど?」
「うん。ちょっと背景を説明するには、こっちの文章を持ってきた方がいいかなと思って、拝借したの。満州の廃屋ホテルで、孤独なかつかつの暮らしをしている様子がよくわかるでしょ?」
「そうね」
「本題の『苦いお茶』はね。こんな、人を食ったような話からはじまるのね。」

私の机の引き出しの中には、谷岡というハンコがころがっている。(略)
昭和二十何年であったか、新宿のハモニカ横丁の飲み屋が繁昌していたころ、(略)俗にいうパンパンがしつこく私を勧誘した。
私は全面的に辞退したが、人を待ち合わせているのだから、逃げ出すわけには行かなかった。
するとさいごに、
「このじじいめ。お金がないんだね」
と彼女が図星をさして言った。
「そのとおり。戦争犠牲者にお金がないのは当り前さ」
と答えてやると、
「お気の毒になあ。ではこれ、小父さんにあげる。(略)」
と、妙なことを言って私にハンコをくれたのである。
(略)邪魔っ気で、何度も屑籠の中に捨てたりしたが、その都度また思い直して、またもとどおり引き出しの中にしまいこんでおいたのである。

「こんなエピソードをある新聞に短文として発表した。ところが、その新聞の切り抜きを、無くしてしまった。どうも気になる。そこで、新聞のコピーを書き写すため、作者は上野の図書館におもむく…作業を終えて、廊下の椅子で煙草をふかしていると…」

「あの、大変失礼ですけれども、小父さんは、もと満州にいらしたことのあるキー小父さんではないでしょうか」(略)
「ああ、そうだけど、キミは?」
と正介が応じるまでにはかなりの時間がかかった。
「あたし、ナー公です。ほら、小父さんによくおんぶしていただきました、あのナー公です」(略)
「ああ、きみがナー公か」
と正介は思い出した。が、なかなか当時四つか五つだったナー公と現在の彼女との顔が合致しなかった。
「大きくなったでしょ」
(略)「で、お父さんやお母さんは元気?」
「お父さんはついにシベリヤから帰らなかった。お母さんは引き揚げて三年目に死んじゃった」

「正介とナー公は、食堂で苦いコーヒーを飲んで、そのあと二人でお酒の飲める店へいくのね。ナー公は、自分が飲めないけど、小父さんが酒を飲んでる顔をみるのは好きだから、と言ってね。そして、ここから、物語は正介の回想として、敗戦時のホテル暮らしの描写へうつる。」

(略)北満の避難民が長春におしよせて、それまでがらあきだったホテルの客室が一杯になった。(略)避難民の収容所に変貌したわけであったが、ナー公もその避難民の中の一人だったのである。
(略)その三階が女郎屋になったのであった。ホテルの主人は貸間代をかせぎ、ホテルの番頭が女郎屋の管理人になるという(略)

長春では捕虜狩りが間歇的に行われた。ソ連が中国巡査を手下に使って、日本人の男子を路上で拉致し、シベリヤ方面に持って行くのであった。
そういう場合、外出中、子供をつれていれば、子供まで捕虜にするわけにはいかないから、シベリヤ行きをまぬがれるのであった。(略)けれども女房子供が日本にいる正介は、銭を出してひとの子供を借りなければならなかった。
(略)「あんたのところのナー公を、半日ばかりわしに貸して貰えないだろうか」

「正介は母娘ふたりで流浪のはて流れついていた母親から、ナー公を借りて、背中に負ぶって、白酒の仕入れのために城内へ向かう。正助は白酒の行商で食いつないでいたのね。そして、仕入れてきた酒やら、さつま揚げやらを、三階の女郎たちに売りつける。」

そういう時、販売人は素知らぬ顔をしているのに限るのである。売れなくてもへっちゃらなような顔をしてそっぽを向いていると、ちゃんと向こうで気をきかして、代金は重箱の中にいれてあるのであった。

「一方のナー公の母親も商売を始めてみたが、うまくいかない。おじさん、これ、おあがりよ、と、売れ残りの饅頭を正介に差し出してきた。」

「きみ、これは商品なんだろう。商品を人にふるまってはいかんね」
正介はきびしく訓告した。
「だって売れ残りだから、仕様がないよ」
「それがいかん。たとえ売れ残りの腐ったものであろうと、知恵をはたらかして人に売りつけるんだ。そういう精神をやしないたまえ」
「だって、そんなことをしたら、神様が見ていらっしゃるじゃないか」
「バカをいうな。戦争に負けた難民に神様なんかついて居るものか。神様なんて当てにしていたら、飢え死にしちゃうぞ」
(略)言葉がはげしすぎたと見えて、直枝は両の拳を顔にあてて泣き出した。(略)
「よっしゃ。では、その箱こっちに出したまえ。今日のところは、、わしが始末をつけてやる。この饅頭、原価はいくらだい」
正介は机の引き出しをひったくるようにして、廊下に出ると、三階への怪談をのぼった。
(略)そして女郎のたまり場へ行って、(略)アホウのような顔をして天井など見ているうち、引き出しの中の饅頭は全部、売切れになってしまったのである。

「この母娘との交流はそれからも続き、ある夜、正介とナー公が布団で寝ていると、ナー公が目をさまして、『小父ちゃん、おしっこ』というのね。」

ナー公を女便所にいれ、あけたままの戸口の外に立って、正介が待っていると、
「ねえ、小父ちゃん」
とナー公が中からあまえ声で呼んだ。
「なんだい」
「すまんなあ。でも、そこにいてね」
「いてやるよ。へへえ。ナー公はウンコもしてるのか」
「うん」
「紙はあるのかい?」
「ない。小父ちゃん、向こうへ行って、持って来て」
「持ってこなくても、ここにあるよ。ほら」
うすくらがりの中に手をつっこんで、ちり紙をわたすと、
「スパシーバ(ありがとう・ロシヤ語)。この紙、まっ白だねえ、…まッちろちろけの、チンチロリン、チンチロリン」
とナー公がはしゃいだ。

「そして話は戦後にもどって、酒屋で、かつてのナー公と語り合う場面になるのね」

「小父さんが、うちのお母さんをうんと叱ったことがあるでしょ。何だか知らないけれど、うち、怖かったなあ」
(略)「あれはお母さんがあの時分やっていた小商売の商品をゾンザイにしたから、わしが男役に訓戒してやったんだよ。決して腹をたてたりしたんじゃないんだ」
「おぼろげながら、わかっています」
「そう、神妙にならんでくれ。さ、もう一杯のめ。それよりも、ナー公、わしはきみにうんこをさしてやったことがあるんだよ。覚えているかい」
「あら、いやだ」
ナー公は顔をまっかにして、両手で顔をかくした。
(略)「ねえ、小父さん、十何年ぶりに逢えた記念に、あたしを負んぶしてくれない」

「正介は、ナー公を負んぶすると、酒場の客席のなかを歩いてみたのね。そうすると…」

「すけべえ爺、もういいかげんにしないか(略)」
土間の一隅から一人の学生が立ち上がって叫んだ。(略)正介がしまったと思った時、ナー公が正介の背中からとびおりて叫んだ。
「誰がすけべえ爺か。もっとはっきり言うてみ。人間にはそれぞれ個人の事情というものがあるんだ。人の事情も知らないくせに、勝手なことをほざくな」
数十人の飲み客が総立ちになった。
その中でナー公は、きりっとした顔を学生の方にむけて睨みつけ、微動もしなかった。
学生の中の二人が小走りに、ナー公に近づいてくると、
「きみ、かんべんしてやってくれ。あいつは今日は泥酔しているんだ。ぼくらが、代ってこの通り深くあやまる」
二人とも帽子をとってナー公にお辞儀をしたので、事は円満におさまった。しかしそばにいた正介は、もしこの世の中に引揚者精神というものがあるとすれば、それをいまこの目で見たような思いだった。

「そして、ナー公と別れ、夜の街をとぼとぼと帰っていく正介に、声を掛けた女がいたが、いつか正介にハンコをくれた女に少し似ていた…が、十何年も前のあの女が、まだそんなに若くているはずはなかった…正介は雨にぬれながら新宿駅の方へ急いだ。…ざっとこんな話なのね。いい話だなあ。…何べん読んでも、ほれぼれとしちゃう」
「また短編をまるまる紹介しちゃったね。著作権的に大丈夫なの?」
「うーん、それを言われると弱いんだけど…これを読んでくれた人が、一人でも多く、この作家に注目してくれれば、なんとかお目こぼしいただけるんじゃないかな…と思ってはいるけどね」
「なんだか、背景にある、戦中戦後の独特の雰囲気を感じさせてくれる話だね」
「この木山捷平の詩に、こんなのがあるんだよね」

濡緑におき忘れた下駄に雨のふってゐるような
どうせ濡れだしたものならもっと濡らしておいてやれと言ふやうな
そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた(『五十年』)

「うらぶれた、誰にもかえりみられない小さな日常のなかに、かぎりない愛惜と慈愛の目をもって詩情を見出し続けていた木山捷平の、真髄をあらわした詩だと思うなあ。木山捷平の本は、生前は一冊も文庫にならなかったんだけど、今は、講談社文芸文庫で、ほぼ全作品が入手できるよ!このうらぶれた詩人が敗戦後の満州という荒野でどう、ギリギリの生活を生き抜いていったか、という話は、そん所そこいらのハードボイルド小説より、ずっとサスペンスフルでいとおしいと思うな。興味を持った人は、ぜひ、読んでみてね!」

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