「真夜中のデッド・リミット」(スティーヴン・ハンター)

「今回は、アメリカ冒険小説界の大御所、スティーブン・ハンターの『真夜中のデッド・リミット』を紹介するよ!」
「文庫版で上下巻…二冊もあるね。なんだか、かったるそう」
「そういうと思った。でもこれ、読み始めたら、そうね…上巻の半分くらいまで読めば、もう、読むのをやめられなくなるよ。まさに、徹夜本としてのお手本みたいな作品なんだよ!」
「へえ。どういう話なの?」
「世界中に核ミサイルの雨を降らせる、人類存亡の危機に、ギリギリの戦いを挑む、名もなき人々のお話、とでもいうかな。それも、最前線で戦うのは、本当に庶民に毛の生えたような、ごく普通の人たちなんだよ」
「ふーん」
「ともかく、この話には、エンターテインメントのありとあらゆる要素が詰まっているんだよ。あらすじを紹介するとね…」
「うん」
「アメリカのとある山中に、極秘裡に建造された核ミサイル基地があったの。その施設だけで、ソ連中の都市に核の雨を降らせることができるような…そして、その発動は、大統領の手も経ずして、完全にその基地内でのみ行えるような…」
「ソ連?いつの時代の話なの?」
「まあ、ソビエト連邦が崩壊する前の話だから、1980年代よね」
「ずいぶん昔の話なんだね」
「まあ、軍事技術面からいったら、今と違って、遅れてる部分はあるんだろうけど、小説の本筋とはほとんど関係ないからね。そこは、まあ、ロシアとか中国とかに置き換えて考えればいいんじゃないかな。」
「ふーん」
「そこは政府でもごく限られた者しか知られてない秘密の施設で、出入りには厳重なセキュリティがなされていた。ところが、そこが、ある夜、謎の集団に乗っ取られるのよね。襲撃者は約60人の謎の特殊部隊。厳重に警護された門をマシンガンと爆薬で壊滅させ、地下へ降りるエレベーターの12桁の暗証番号も、なぜかどこからか入手しており、中枢部のミサイル管理室に迫った…。そこには、二人の技術者がいたんだけど、突然の事に為すことなく射殺されてしまった。」

コンピューターの合成音声だった。「警告します。(略)侵入が行われました」
その瞬間、(略)エレベーターのドアが勢いよく開いた。(略)攻撃隊員が(略)一連射を浴びせた。
(略)彼の目のまえには、壁にしつらえた明かりのない窓が(略)キー警護の最後の妙案、キー保管庫があった。
(略)ハプグッドは窓のガラスを突き破ってそれを中に放り込んだ。(略)銃弾がハプグッドに集中し、彼の体は(略)すべり落ちた。だが、彼はすでにキーを保管庫に投げ込んでおり、その直後に半トンの重量があるチタニウムの防壁が下りてきて、キーを手がとどかないところに封じこんでいた。

「つまり、このキーは手に入らないことには、謎の特殊部隊も、ミサイルの発射を行えないわけよね。そして、この保管庫閉鎖によって、基地が乗っ取られたという情報は、即座にホワイトハウスの知るところとなった。侵略者がキーを取り出すのが先か、政府軍が侵略者を排除するのが先か、という…構図になってくるのね」
「へえ。」

大統領はテーブルの周囲を見まわした。そこには統合参謀本部議長のほかに、(略)各郡のトップが顔をそろえていた。
(略)「つまり、狂人がサイロにいる、それがいまの状況なんだな?」
(略)「彼らが驚くほど高度で洗練された技術を持っている(略)テレタイプで送られてきたこの文書だけです」(略)「諸君はこの問題を清算する覚悟を決めるべきである。おそらくは、諸君が覚悟するまえに清算が行なわれることになるだろうが」
(略)「この人物はキーを手にしたらすぐにもミサイルを飛ばす気でいる。われわれに残された時間はどれくらいだね?」
(略)「そうですね、午前零時というところでしょう」

「ところでその基地は、外部からの攻撃もできない、もし攻撃すれば、それが絨毯爆撃であれ、毒ガスであれ、即座にコンピューターが作動し、自動的に永遠にシャットアウトされてしまうという状況だった」

「大統領、解決方法はごく単純だと思います」(略)「兵隊を穴に送り込んで、彼らがキーを掘りだすまえに皆殺しにするのです。つまり、午前零時までに。」
(略)「すぐにも指揮官を送ってくれ、将軍。とにかく最高の軍人がほしい。ルイジアナの上等兵でもかまわない」
「いいえ、大統領」将軍は言った。「その男は退役しておりますが、正真正銘の大佐です。もっとも、じつにやっかいな男ではありますが」

「その退役軍人である、ディック・プラー大佐は、デルタ・フォースの創立者としての栄誉を持っていたが、過去にある不名誉な作戦ミスを犯しており、糾弾されて軍を去った経歴があった。そして、もう一人、招集されたのは、過去に国防総省でくだんのミサイル基地の設計責任者、現在は冴えない大学教員である、ピーター・シオコールだった。彼は、抜群の頭脳に恵まれていながら、専門領域外の事に関しては、まったくの無能力者だった。妻にも去られ、孤独でみじめな生活を送っていた。」
「ふーん」
「そんな彼らが、例のミサイル基地のふもとのキャンプに集められ、ともかくも作戦を立てることになった。しかし、秘密裡に、全国の軍を動かす余裕はない。時間は限られている。」

シオコールは言った(略)ミサイルが発射されれば、警報が鳴ると同時にソヴィエトも撃ちかえしてきます。われわれはみんな死ぬのです。世界はゴキブリの天下になる」
(略)いいですか、たとえあなたがたが山にいる連中を殺せたとしても、発射管制室を取り返すためには、(略)エレベーター・シャフトへ通じるドアを突破しなければならない。ドアは十一トンのチタニウムでできています。(略)ドアは(略)保安装置によってコントロールされています。十二桁のコード番号がついていて、何度もためしに押してみるわけにはいかない。三度まちがえれば、作動不能になる」
(略)「爆破することはできないのか?」
「たいへんな量の爆薬が必要です。(略)主コンピューターを吹きとばしてしまうほどの爆薬がね。ドアは永久に開かなくなり、なかへは絶対に入れなくなるでしょうね」
(略)「あそこは超強化コンクリート造りで、一平方インチあたり三万二千ポンドの重量に耐えられるようになっている。昔なつかしい水爆以外はどんなものでもはねかえしてしまうんです。」

「ただ、付近の老人の話から、あの山の地下には、石炭の廃坑が残されていることがわかった。もしかしたら、そこを通れば、基地の地下から侵入できるのではないか…そのためには、洞窟の中の戦いに慣れているプロが欲しい。ベトナムで、トンネルにもぐって戦闘を繰り返してきた手練れが要る。その目的のため、通称で「トンネル・ネズミ」と言われていた兵隊の生き残りを探すんだ、という事になり…緊急に探し出されたのは、今は落ちぶれて牢獄に入っていた、かつての、「トンネル・ネズミ」の一人、白人に虐め抜かれたコンプレックスを体の奥ふかくに沁みつかせている、黒人のネイサン・ウォールズ、そして、北ベトナム人で今はアメリカで暮らしているチャ・ダン・フォンと言う人物だった。フォンを探しに行ったラスロップと言う軍人は、その人物に会って驚く」

「元ベトナム人民共和国解放軍(略)チャ・ダン・フォンをご紹介します。彼女は北ベトナムでは、ク・チーのフォンとして知られています」
小娘じゃないか!(略)アーモンド形の愛らしい瞳だった。その顔には疲労が、消えることのない悲しみが深くきざみつけられていた。
(略)「彼女はもうトンネルのなかで三回死んだと言ったのです。一度は夫が死んだとき、一度は娘が死んだとき、そして一度は自分を見失ったとき」
(略)「できれば行きたくないと言っています」
「爆弾なのだと言ってください」(略)「彼女の子供たちを燃やした爆弾なのだと。(略)何百万何千万の子供たちを殺そうとしていると。(略)子供たちのうえに爆弾が落ちて、彼らを炎に変えてしまうのを防ぐためにトンネルに入らなければならないのだと言ってください。それしか道はなく、時間はほんのわずかしか残っていないと」」
彼女の目がまっすぐラスロップの目をとらえた。ラスロップはその目の底知れない奥深さにとまどいをおぼえた。それはまるで、深く黒い海のようだった。
そのとき、(略)ひかえめなしぐさで、彼女が小さくうなずいた。

「さて、とはいっても、廃坑をたどっていく作戦は、廃坑じたいがとても狭く複雑に分岐していて、とても基地まで迫れる可能性は低かった。主力は白兵戦に頼るしかない。すでに、基地のドアの十二桁のパスコードは、敵によってリセットされているだろう。」

シオコールは言った。「ぼくはそのコードを解かねばならない。ひじょうにむずかしい仕事です。」

「いよいよ作戦が始まる。最初はデルタ・フォースのヘリコプターによる攻撃だった。しかし…」

「ミサイルに捕まった!ちくしょう、ミサイルがロック・オン!」(略)ミサイルが重くにぶい衝撃音をたててA-10の一機のエンジンに命中し、すさまじい光をはなつ。(略)飛行機はまっさかさまに墜落した。

「敵はスティンガーと呼ばれる追尾型ミサイルの装備まで持っていたわけよね。ヘリ部隊は全滅する。しかし、ネズミ・チームだけは何とか廃坑の入り口までたどり着く事ができた…。ウォールズとフォンは、二手に分かれ、それぞれアメリカ軍人のパートナーと組んで暗い穴ぐらの中へ侵入する。いっぽう、急遽近辺から狩り集められた州兵たちは、退役組も含め、ほぼ素人に近い集まりに過ぎなかった。」

彼らは自分たちが映画の一シーンのただなかにいるのを発見した。(略)いま、彼らは本物の戦争にひきずりこまれていた。本物の弾薬と手榴弾が支給されると、その恐ろしさがとくに身にしみた。(略)くそっ、バーナードは思った。おれは三十七歳の会計士なんだ。いまごろはデスクで仕事をしててもおかしくないんだ。

「そのブラヴォー部隊に突撃射撃命令が下る。しかし、待っていたのは、謎の敵の容赦ない反撃だった」

瞬間的に目のまえの世界がばらばらにくだけ、雪のうえにあおむけに倒れた。たくさんの部下が倒れ、曳光弾が(略)紙吹雪のようにこちらに飛んでくるのが見えた。
「ああ、たすけてくれ、たすけてくれ、だめだ、」(略)彼の通信手は腹を撃ちぬかれていた。(略)雪や木の断片を蹴ちらしながら、連射された銃弾が彼のまわりにふりそそいだ。(略)
「大尉、大尉、おれたちはどうすればいいんです?」誰かが悲鳴をあげた。(略)
斜面に死体がころがっているのが見えた。三十五人か、四十人というところか?やつらは、おれたちを遮蔽物のないところまでおびきよせた。おれたちが近づくのを待って、狙い撃ちしたのだ。

いっぽう、廃坑に入り込んだネズミ・チームは、暗がりの中を這い進んでいた。穴は途中で行き止まりとなり、暗闇の中、彼らは立ち往生する。そして、背後から、敵の部隊が重火器を持って穴の中に入り込んできた…。激しい銃撃戦の末、ウォールズとフォンに付き添っていたアメリカ兵は殺されてしまう。彼らふたりは、真っ暗闇の中、それぞれ、単独で進まざるを得なくなった…。

注意深く、彼女は手榴弾の底を下にして、トンネルの中に置いた。追手が明かりをつけずに(略)やってくれば、(略)手榴弾は倒れて、そして-
(略)アメリカ人よ、来るなら来ればいい、と彼女は思った。昔のように、フォンのところへ来ればいい。フォンも、それを待っている。子供たちを炎から救うために。
(略)彼女の手がベルトを探り、ナイフをそっとぬきとった。
(略)いるわ、母さん。心のなかで娘が話しかけた。感じない?もうひとりいるわ。
(略)彼女がその男に与えたのはナイフの刃だった。(略)彼女は自分のナイフを抜きとった。それから、もう一度刺した。(略)やがて、男は動かなくなった。呼吸がとまっていた。

いっぽう、政府内の調査によって、敵の正体、目的がおぼろげながら、わかり始める…

シオコールは言った。「(略)彼はいままで誰もなしえなかったことをやったのです。第三次世界大戦を勝ち抜く方法を考え出したのです」

「そのおどろくべき謀略が明らかになる…。もうド直球ストレートの冒険小説よね。ここでは省いたけど、司令官プラーの、非情とも言える軍事作戦、それに反発する若い軍人将校との確執、遠く離れたワシントンでうらぶれた生活を送る、年老いたソ連側スパイ、グレゴールの暗躍、黒人トンネル・ネズミ、ウォールズの泥にまみれた人生、研究者シオコールの家庭問題…さまざまな人間模様(あまりこの言葉は好きじゃないんだけどね)が入り乱れ、物語に、おのおのの人生と絶望とプライドをかけた一大絵巻が繰り広げられるの。」
「それで、この上下二冊の本を一気に読めるわけ?」
「そう、いったいどうやって、この全世界の危機を救えばいいのか、最後のあたりになると、ギリギリのギリギリまで、危機につぐ危機、何とか抜け出したと思ったら、またどうしようもなく絶望的な壁に立ちはだかられた…という、事態の二転三転という、もう、ここまでやるかとも思えるような、エンタメの真髄のような展開に見舞われるわけよ。」
「ふーん」
「中でも泣かせるのが、女トンネル・ネズミ、フォンの彷徨のシーンよね。ついに本物の敵の集団に囲まれたとき…」

なにが起きているのか、自分たちがどんな立場にいるのか、さっぱりわからなかった。だが、爆弾を落として世界中の子供たちを炎に変えようとしている男たちの近くにいることだけは理解できた。(略)ナパーム弾の炎が自分の娘を焼き焦がす一瞬前の場面が頭によみがえった。少女は、ママ、ママと叫びながら走っていた。巨大な飛行機が頭上をゆっくりと飛びすぎていく。(略)ママ、ママ、と少女が叫んだ。炎の壁が彼女のうえにくずれ落ち、(略)彼女は、なぜ自分がここにいるのか、なぜ過去への遠い道のりを引きかえしてきたのかいま合点がいった。
ママ、彼女の娘が読んでいた。ママ。
私はここにいるわ。(略)ようやく炎のなかに飛び込む機会がめぐってきたのだ。

「同じころ、地上では最後の激戦が行われようとしていた。素人集団も、単なる研究者にすぎなかったシオコールも、出世街道をはずれたFBIの男も、名もなき兵士たちも、その大きな渦のなかで絶望的なまでに過酷な戦いに巻き込まれていくのだった…と、これが、大体のあらすじね。」
「ふーん。なんだか、スケールの大きい映画みたいね」
「映画でいえば、『エイリアン2』や『アバター』のキャメロンみたいなかんじかな。終盤の、たたみかけるような危機に継ぐ危機、という部分は、似てるかもね。まあ、映画よりこっちのほうが、数倍すごいけど。ついにたどり着いた基地内に流れるのは、絶望的なまでに非情なアナウンスだった…」

「発射時刻が迫っています。認証された発射指令が出され、発射時刻が迫っています。認証された…」
(略)コンピューターの録音された声だ。

「へえー。この作者って、有名な人なの?」
「実はこの作品よりも、ボブ・スワガーシリーズといって、天才的狙撃手を主人公にしたシリーズもののほうが有名なんだけど…」
「どうしたの?」
「うん、じつは、そのシリーズの第一作である『極大射程』を読んでみたんだけど、ちょっと、どストレートのヒーローものというか、それほどでもないかなと思っちゃってね…。そっちは、まあ、急いで読まなくてもいいか、と、思って、読んでないの」
「あらま」
「やっぱり、あたしは、スーパーヒーローものより、こういう、名もなき人々が人生をかけて巨大な敵に立ち向かっていく、という話のほうが、感動するみたいね。」
「いまこの本って、手に入るの?」
「新潮文庫から出て、いったん復刊もされたんだけど、いまは、絶版みたいね…電子書籍にもなっていないし」
「あらら、じゃあ、また古本屋で買うしかないってこと?」
「そうなるね。まあ、ソ連が出てくるあたりで、古臭いと思われてるのかもしれないけど、いったん読みだしたら、もう、止まらない面白さだってことは、誰にでもわかると思うんだけどなあ。ちなみに、この作者の他の作品は、扶桑社文庫からほぼ出ていて、hontoの電子書籍でも買うことが出来るよ!興味のある人は見てみてね。じゃあ、またね!」

(後記)「この記事を書いたすぐあと、この本が扶桑社文庫から新装版として復刊されるという情報が入ったよ!9月25日発売だって。多分、電子版もすぐに出ると思う。よかった!」

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