「コンビニ人間」(村田沙耶香)

「今日は、村田沙耶香の『コンビニ人間』だよ!」
「ふーん、なんか、聞いたことあるわ…売れてる小説だよね?」
「そう、文庫になって、ますます売れてるらしいよね。だって、こんなに面白い小説、なかなかないもんね!」
「へえ、どんな感じなの?」
「一言で言うと、今の社会というか、人間関係にうんざりしてるような、まあ、いってしまえば、大抵の人がそうかもしれないんだけど、そんな人たちに、『こんな生き方もあったんだ!』と、世の中に対する見方に180度違った視点をまざまざと見せつける、すごい作品なんだよ!」
「ふーん。芥川賞受賞作品って、帯に書いてあるけど、マジメな小説じゃないの?」
「だからこれは、マジメとかそうじゃないとか、そんな範疇を超えてる作品なんだって!読めばわかるけど、これだけ、どこをとっても面白い作品はめったにあるもんじゃないよ!」
「へえ、じゃあこれは、マジメな作品ではあるけど、れっきとした徹夜本なんだってこと?」
「そう!出だしこそちょっともたつくけど、数ページ先のこのフレーズから先は、もう一気読みの世界なのよ!」

コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。
郊外の住宅地で育った私は、普通の家に生まれ、普通に愛されて育った。けれど、私は少し奇妙がられる子供だった。
例えば幼稚園のころ、公園で小鳥が死んでいたことがある。(略)他の子どもたちは泣いていた。
(略)「かわいそうだね、お墓作ってあげようか」
私の頭を撫でて優しく言った母に、私は、「これ、食べよう」と言った。(略)「ほら、皆も泣いてるよ。お友達が死んじゃって寂しいね。ね、かわいそうでしょう?」
「なんで?せっかく死んでるのに」
私の疑問に、母は絶句した。

教室で女の先生がヒステリーを起こして教卓を出席簿で激しくたたきながらわめき散らし、皆が泣き始めたときもそうだった。
「先生、ごめんなさい!」
「やめて、先生!」
皆が悲壮な様子で止めてと言っても収まらないので、黙ってもらおうと思って先生に走り寄ってスカートとパンツを勢いよく下ろした。若い女の先生は仰天して泣き出して、静かになった。(略)
「なんで恵子にはわからないんだろうね…」
学校に呼び出された母が、帰り道、心細そうに呟いて、私を抱きしめた。自分はまた何か悪いことをしてしまったらしいが、どうしてなのかは、わからなかった。
父も母も、困惑してはいたものの、私を可愛がってくれた。父と母が悲しんだり、いろんな人に謝ったりしなくてはいけないのは本意ではないので、私は家の外では極力口を利かないことにした。
(略)「どうすれば『治る』のかしらね」
母と父が相談しているのを聞き、自分は何かを集成しなければならないのだなあ、と思ったのを覚えている。

「そんな主人公が、人生を変えるきっかけになったのは、大学生のとき、たまたま道端で見た、コンビニ店の新規開店に合わせた、求人広告と出会ったからなのね。」

私は(略)見本のビデオや、トレーナーの見せてくれるお手本の真似をするのが得意だった。今まで、誰も私に、「これが普通の表情で、声の出し方だよ」と教えてくれたことはなかった。
(略)「いらっしゃいませ!」(略)
そのとき、私は、初めて、世界の部品となることができたのだった。私は、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。
(略)ああ、私は今、上手に「人間」ができているんだ、と安堵する。

「この主人公は、そこで初めて、主人公の考える『人間社会』の一員となることが出来、幸せな毎日を送ることが出来るようになったのよね。なぜそうなのか、を考えず、淡々と、マニュアル通りの行動をとるだけで、人は私を仲間として受け入れてくれる。それは、主人公にとって、初めての発見だったのよ。でも、根本的なところは、元のままだった。人間社会の、『なぜそうなのかはわからないけど、いちおう世間では、そうであらねばならないとされているもの』には、依然として、なじめないままだったの」
「ふーん」
「たとえば、昔の友達の集まりの中で…」

「変なこと聞いていい?あのさあ、恵子って恋愛ってしたことある?」(略)
「ああ、ないよ」
反射的に正直に答えてしまい、皆が黙り込んだ。困惑した表情を浮かべながら、目配せをしている。ああそうだ、こういうときは、「うーん、いい感じになったことはあるけど、私って見る目がないんだよねー」と曖昧に答えて、(略)肉体関係を持ったこともちゃんとありそうな雰囲気で返事をしたほうがいいと、以前妹が教えてくれていたのだった。(略)失敗したな、と思う。

なんてことがあったり、店員仲間に、

「(略)でも古倉さんって、ほら、私や泉さんに合わせて怒ってくれることはあるけど、基本的にあんまり自分から文句言ったりしないじゃないですか。嫌な新人に怒ってるところ、見たことないですよね」
ぎくりとした。
お前は偽物だと言い当てられた気がして、私は慌てて表情を取り繕った。
(略)正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。

「なんてことがあったりして、主人公は、とにかく自分を世間の『常識』から排除されないように、必死なのよ。その一挙手一投足が、もう、リアルで、ハラハラドキドキのサスペンスになっていて、これはもう、一種の冒険小説よね。」
「へえ。」
「しかも、面白いのは、読んでるこちらも、いつのまにか、主人公に、『そうだ、そうだ!』と、共感を覚えていくことなのね。なんで、人に合わせなくちゃならないんだろう、なんで、みんな、人に合わせられない私を、非難するのだろう…。主人公の世界こそが、ピュアで、美しくて、凛としている、本当の生き方なのに…と、もう、完全に感情移入してしまえるのよね。」
「ふーん」
「ただ、こういう危うい毎日は、やっぱりというか、長続きしなかった…。主人公は、最大の危機に見舞われるの。」
「どういうこと?」
「それを言っちゃうと、本を読む人の楽しみを奪っちゃうことになるから、言わないけど、主人公は、あることをきっかけに、自分をいままで『普通』のポジションに置いてくれていたコンビニや友人、妹たちとの関係が、実はこんなに不安定でいびつなものだったんだ、と、思い知らされる、精神の危機に見舞われるのよね」

「こんなことだと思わなかった…」
妹が震える声を出したので、驚いて顔を見ると泣いているようだった。(略)
「もう限界だよ…どうすれば普通になるの?いつまで我慢すればいいの?」
「え、我慢してるの?それなら、無理に私に会いに来なくてもいいんじゃない?」(略)
「お姉ちゃんは、コンビニ始めてからますますおかしかったよ。(略)表情も変だよ。お願いだから、普通になってよ」
妹はますます泣き出してしまった。

「さっき一種の冒険小説っていったけど、ひとつの貴種流離譚でもあるよね。精神が独立して、それを変だとも何とも思っていない、一種のヒーローもの、というか。そのヒーローが、あまりにも大きな危機に見舞われて、挫折して、最後に思いがけない感動のシーンが訪れる、という…」
「へえ」
「これは、もう、めったにない傑作よね。まぎれもない純文学作品でありながら、高揚感を味わえ、ユーモアあり、起伏に富んだストーリーもあり…理想の小説だと思うな」
「ふーん。じゃあ、読んでみようかな」
「あたしも、この作者の他の本も読んでみようと思ってるのよね。この前ちょっと『丸の内魔法少女ミラクリーナ』と言う本を、表題作だけ立ち読みしたんだけど、構造が、そのまま『コンビニ人間』だったんで、まあ、もう少し時間をおいてから集めてみようかなと思ってるけどね。」
「そうなの?」
「あと何かSFっぽいのも書いてるみたいだけど、先の楽しみにとっとくね。また面白いものが見つかったら、このブログで紹介するから、じゃあ、またね!」

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