「バーニーを銃をとれ」(トニー・ケンリック)

「三回目はこれよ!ユーモア・ミステリーの名手、トニー・ケンリックの『バーニーよ銃をとれ』!」
「へえ、ユーモア・ミステリーって、例えば赤川次郎みたいなものなの?」
「系統的には同じだけど、こっちの方が、アクションも派手で、ツイストが効いてて、娯楽小説としての仕掛けがたっぷりなされているってとこかな。」
「ふーん。でも、その文庫本、もう大分昔のものみたいだけど、いまも活躍してる人なの?」
「うーん、それはどうなのかなー。昔、角川文庫から13冊くらい出てたけど、このところ音沙汰を聞かないよね。私も、これと、『リリアンと悪党ども』『三人のイカれる男』『マイ・フェア・レディース』『上海サプライズ』しか読んでないけど、これが一番面白かった。」
「へえー、どんな話なの?」
「まず、主人公のバーニーというのは、妻子持ちの冴えないビジネスマンで、ある日突然、行きつけのレストランで、クレジット・カードの支払いを断られた事から始まるのよね…」

「恐れ入りますが、クレジット係のおマネージャーのところまでお出でいただけませんでしょうか。」(略)「この二十七ドル七十セントの食事のお勘定ですが、これをこのカードでお支払いにはなれません」
「なぜだめなんだ?」
「あなたの口座が三百七十五ドル貸し越しになっているからです。。リバーズさん。三か月前に全額耳を揃えてお払いいただくはずだったのですが」(略)この敗北にバーニーはカッとなった。相手は彼を侮辱し、金を吐き出させ、その上、口でも言い負かしたのだ。(略)
そのあと、自分のデスクにもどって興奮もいくらかおさまったとき、バーニーの行動方針はこの上なく明らかになってきた。長いあいだ心の隅に抱きつづけてきたあの小さなアイデアー面白半分に考えてきたことで、まじめにとったことはただの一度もなかったのだが、彼はそれを実行しようとしていた。
今こそやらなければならない。
他に方法はないのだ。(略)
「トム、もしもおれがだよ、まとまった金を手に入れる間違いない方法を知ってると言ったら、きみ、何と言う?一万か二万ドルころがりこんで、しかも誰にも分らない簡単確実な方法があると言ったら?」

「バーニーは、とある秘策を持って、近所付き合いの友達、同じく借金漬けのローダー、元妻への養育費の支払いでいつもピーピー言ってる友人のドリアンも誘って、ある計画を実行に移すのよね。」

「いいかい、これはずっと前おれがフランスにいた時に起こったことなんだ。(略)スイスの銀行に口座を開いたんだ。」
「何だって?いわゆる匿名口座のことか?」
「そのとおり」(略)「金を請求するときは、スイスの銀行の外国人口座の係に手紙を出していたんだが、ある日、自分の口座番号をつい書き忘れてしまった。しかし、それでも金はちゃんと送られてきたよ。」
「で、口座番号がなくても金を引き出せるってことがわかったわけだな」
「ご名答。もちろん、番号だけの完全な匿名口座だったら、当然、口座番号が必要だが、記名口座の場合は銀行が目を光らせてるのは本人のサインかどうかってことだけだ」
「ステップは四つ」とバーニーは指を折って、「一、スイスの銀行口座にかなりの額を持っていると思える人間を見つける。(略)その男は無届けの預金口座をスイスに持っている。わかるな?彼はそれを極秘にして、郵便にさえ頼らない。そのかわりに、時々自分がスイスに飛んでって、金を訪問してくるってわけだ。(略)だから、スイスに7たびたび行く人間をさがせばいい」
「二」バーニーはまた指を折った。「その男のサインを手に入れる。三、おれがこっちの銀行、たとえばチェース・マンハッタンかどこかに口座を開く。名義はジョン・スミスでも何でもいい。四、そのジョン・スミス名義の口座に一万ドル移してくれと、チューリッヒとジュネーブの主な銀行に片っぱしから手紙を出す。サインは例の男のものを偽造するんだ。さて、運がよければ、手紙宇を出した銀行の一つにわれわれの選んだ男がたまたま口座を持っていた、ということになる。そして一週間後には、チェース・マンハッタンのジョン・スミス名義の口座に金が移され、このおれが(略)開いた時より一万ドル多くなってる金額の小切手をきって口座を閉めてしまう。これで一丁あがり!銀行を手玉にとった完全犯罪だ」
「スイスのほうはどうなるんだ?金を引き出したあとは?」
「スイスの銀行は、確かに送金したという通知を口座の主に出す。知らされた方はまったくわけがわからず、一体全体どういうことなんだと手紙か電話で銀行に問い合わせるだろう。しかしその時にはもうジョン・スミス氏は口座を閉めて消え失せてるというわけさ。ここがこの計画のミソなんだ。筋書きどおりにいけば、逮捕される可能性はないし、もしダメならもちろん逮捕されることもない。だからダメでもともと、うまくいけば一万ドルころがりこむんだ」

「そこで一味となった3人は、計画へ向けて走り出す。ローダーは職務上、ニューヨークの人々の情報をコンピューターではじき出す事ができたわけ。」

「簡単だよ。年収十万ドル以上のリストの中から、スキーもやらずスイスに取引先も何もない男を選び出すプログラムを組んだだけさ(略)大手航空会社の重要顧客名簿のコピーがおれんとこにあるんだ。(略)その中からチューリッヒかジュネーブにかなり定期的に飛んでる人間を一人残らず選び出して、前のリストと照らし合わせたのさ」

「そこで彼らは、マスコミで有名な保守党の重鎮、マディソンという男の名を発見し、彼に狙いをつける。万引きの名手、アマンダに協力を仰ぎ、紆余曲折あったけど、まんまとマディソンのサインの見本を手に入れる事に成功するの」

アマンダが説明した。「マディソンの秘書が使ってんのはIBMのタイプライター、(略)手紙の紙はハマーミルの上質、マディソンのサインは全部ボールペンだから、それも文房具屋でとってきといた。それに彼が使ってるのと同じ封筒も」

「そしてスイスの代表的な四つの銀行の外国人講座の担当へ書類を送り付けた。その一週間後、バーニーが偽名で口座を開いた銀行に電話してみると…」

「おたずねのご送金は昨日着いております」
「昨日」バーニーはぼんやりした声でくり返した。(略)「ここでやめるという法はない。銀行はつきとめた。もう一度送金依頼の手紙を出すのは簡単だ」(略)「口座残高全額を送ってくれっていうのはどうだ?一万ドルかもしれんしほんの二、三百かもしれん。でも無いよりましだろう」
全員これはいいアイデアだと考えた。(略)
一週間後、銀行に電話してみて、まだ何も着いていないと聞かされたとき、バーニーは驚かなかったし、その二日後にまたかけてみて同じ答えが返ってきたときもそうだった。彼らの小さなゲームがこれで終わったことはほぼ確実だ。とはいうものの、念のため、その翌日、もう一度電話してみた。
(略)電話の向こうで咳払いが聞こえ、「ざっと申し上げますが、(略)お宅の口座の現在高は一億六千七百ドル余りになっております」と副支店長は言った。

余りにもの大金に、全員、これはただの金じゃない、と、怖くなってくるのね。調べてみると、マディソンの経歴に、カブレラという小国に大使として赴任していた時期があることに着目する。そこでは、かつて革命が起こり、大統領が亡命していたが、その際莫大な額の政府保有の金を持ち逃げしたとされていた。

「この一億六千七百万ドルはつまりそれなんだ」(略)「マディソンはカブレラの前独裁者の隠れみのというわけだ。つまり、われわれは一国全部の国有財産を盗んだことになる」

「このカブレラ元大統領、リボルという男は、残忍な専制君主で、パチョーネ(猟犬)と呼ばれる、二十五人の殺し屋の部隊とともに、ニューヨークのホテルに拠点を持っているという。」

「二十五人。私設軍隊だな」
「凶悪きわまる私有軍隊です。(略)連中はけだものだ、人間じゃない。一人一人が今まで何十人もの人間を拷問にかけて殺してきている。」

「しかも、悪いことに、この計画には、もうひとつ落とし穴があったの。」

「銀行の監視カメラ。バーニー、おれたちはそれを忘れてた。(略)きみの顔はあそこのビデオテープに残ってるんだぞ」(略)「いいか、マディソンはおそらく十日以内に送金通知をうけとるだろう。で、彼が折り返し銀行に問い合わせると、そこで残高全部が送金済みになっていることを知らされる。マディソンはすぐリボルに通報し、リボルは行動を開始する。(略)神よ助けたまえ、だ」

「長々引用したけど、ここまでが全体の四分の一。これから、このバーニーとその仲間たちが、自分や家族の命を、ギャングと化した元独裁者の大ボスの私設軍隊からどうやって自分の美を守り抜くか、という切羽つまった話になっていくのよね。」
「ふーん。なんか、聞いてる感じだと、もう、どうしようもないような気がするんだけど、どうなるの?」
「バーニーたちは、知恵を絞って、自分たちの身を守る手立てを必死になって考える。ただ金を返しさえすれば許してくれる相手ではない。放っておけば、未来永劫、命を狙われ続ける。これは、もう、戦うしかない。でも、銃も扱ったこともない、素人であるバーニーたちが、どうやって戦うのか?っと…ここからが読みどころなのよね。」
「じらすねえ。結局のところ、どんな手段で戦おうとするの?」
「金で、プロの軍人あがりを雇うのよ。それで、自分たちで武器を買って、訓練もしてもらって、戦えるように準備するわけ。でもそっからがまた大変でね…」
「でも期限は一週間かそこらしかないんでしょ?間に合うの?」
「そうなのよね~。もうそこからして、追い詰められてるのよね」」

ローダーが見つけてきた最初の退役軍人将校、(略)元少佐を訪ねたバーニーは、自分は作家だと言い、新兵に兵器の使用訓練を施すエキスパートの話が聞きたいのだ、と話した。(略)もう一人、陸軍刑務所にある期間入っていたことのある者の話も聞きたいのだ、と言った。(略)陸軍刑務所にいた者なら兵器の入手方法を知っているかもしれないし、金のために喜んでその情報の一部を流してくれるかもしれないとふんでいたのだった。
(略)「そういう人を一人も知らないんですか?」
「知っとりますよ。二、三人は。しかしよく知っておるというほどじゃありません。レイ・キャンベルのほかは。でもあいつはやめた方がいい。」
「どうしてまた?」
「危険人物だからです」(略)
「その人も訓練係だったんですって?」
「それもものすごいやつ。どんなことでも誰よりもよく知っとりました」(略)
「でも忠告しときますが、キャンベルには近づかん方がいい」
「なぜです?」
「言ったでしょう。やつは危険人物だからです」

「ここから、いよいよ殺人軍団25人と小市民わずか3人の戦いになっていくのよね。危険人物、と称された元軍人のエキスパート、キャンベルも、最初は、断るのね。」

「敵が攻撃してくるまでどのくらいあると思う?」
「一週間」
キャンベルは冗談だろうといわんばかりの顔でバーニーを見た。
「フルコースは必要ないんだ、キャンベル。ただ、ライフルの装填と撃ち方、それから命中のさせ方を教えてくれる人間がいさえすればいい。それを一週間でやらなきゃならないんだ、それしか時間がないんだから」

「さあそれからの訓練の数々、立てる戦略の細かさ、ひいひいいいながら銃の打ち方はじめ、いまの最低限といえる戦力から、いかにプロの殺し屋集団と渡り合っていくかという思い切り危ない綱渡りのような状況との闘い…もう、話は盛り上がる一方よね」

「敵がお前らの小屋に侵入せんとするギリギリまで引き寄せること、これが肝心だ。引き寄せ過ぎれば敗北、引き寄せ方が足りなければ、これも敗北だ。唯一の望みは、敵が侵入を試みているその時に一挙に殲滅することである」

「武器を買い、山小屋にたてこもって、彼らの戦いが始まる…そして、深夜、彼らの小屋の前へ、銃火器で武装したテロリスト軍団が忍び寄ってきた…どう?ここまで来たら、読んでみたくなって来ない?」
「そうだね。なんか、面白そう。どう転がっていくのかわからないけど…」
「これ以上言うとネタばれになっちゃうから、言えないけど、 このあとの展開も、それからラストのひねりも、アッと驚くようなものになっているのよ。今、トニー・ケンリックは、日本では全作絶版になっているけど、どこかの出版社が、復刊させてほしいな。代表作と言われる『スカイ・ジャック』もまだ読めてないし」
「えーっ、じゃあ、古本でしか手に入らないってこと?」
「そうなのよねえ。電子書籍にでもなってれば、hontoで買ってね!と、うまくまとまるんだけどねえ。」

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